都道府県とか市町村を「自治体」って呼ぶのやめようぜ。
自治してないだろ。というか出来ないだろ。
中央と太いパイプを持つ御用連中がトップに立たないと成り立たない組織を自治体と呼ぶとは。広辞苑を持って来い!
あぁ、広辞苑には「自治の権能を与えられた・・・」とあるよ。
それはちょっと違うんでね?金田一さん。
誰から与えられるのか知らんが、権力構造の内輪もめによって都合よく与えられたんじゃ、自治のもうひとつの意味、自律は不可能だろう。政令指定都市にしか地下鉄がないというのはどういうことだ!
代わりに再び藩と呼ぼう。
市町村は奉行所だ。
いいじゃないか。どうせ今でも事あるごとに地方から参勤交代してるんだから。
こうして、御上の都合のいいように意味が歪められた言葉を一つ一つ板金するのも世直しじゃ。
金槌も持って来い
自治を求めて反乱する人たち
自治してないだろ。というか出来ないだろ。
中央と太いパイプを持つ御用連中がトップに立たないと成り立たない組織を自治体と呼ぶとは。広辞苑を持って来い!
あぁ、広辞苑には「自治の権能を与えられた・・・」とあるよ。
それはちょっと違うんでね?金田一さん。
誰から与えられるのか知らんが、権力構造の内輪もめによって都合よく与えられたんじゃ、自治のもうひとつの意味、自律は不可能だろう。政令指定都市にしか地下鉄がないというのはどういうことだ!
代わりに再び藩と呼ぼう。
市町村は奉行所だ。
いいじゃないか。どうせ今でも事あるごとに地方から参勤交代してるんだから。
こうして、御上の都合のいいように意味が歪められた言葉を一つ一つ板金するのも世直しじゃ。
金槌も持って来い
自治を求めて反乱する人たち

ドイツの暖冬を嘆くワニとキリン
さて、日本では地球温暖化人為説というIPCCの説を米英の陰謀とするのが流行っているそうですが、地球温暖化人為説否定説はどこの陰謀なんでしょうか。
それはいいとして、こちらで僕が今経験している異常気象の話をひとつ。
ニュースを断片的に読んでるだけなんで、間違ってるかもしれませんが、日本では今年、比較的寒い冬が来てるようで。
僕の住んでいる中部バイエルン(ドイツの中では比較的寒い地域)では、日本や北米、東欧での寒波襲来のニュースがまったく遠い異国の話となっています。
普段ならしばしば腰まで積もる雪がマイナス20度の中で大騒ぎのこの地域、昨年10月下旬には観測史上最速の積雪を経験し、気温は早くもマイナス 5度ぐらいまで下がりました。やっぱドイツはヤシの木すら植林されてる南日本とは違うね!と、きゃっきゃきゃっきゃ喜んだのもつかの間、その後今日に至るまでまとまった積雪がないという異常事態が続いています。
気温もマイナス5度からプラス10度という、10月と大して変わらない範囲を延々と上下する毎日。冬は天気の悪い日が続くはずなのに、この一週間は春の訪れを感じさせるような晴れ模様もしばしば。ここは福岡と同じ亜熱帯地方ですか?
スイスでは冬の平均気温が例年より7度も高かったという地域も出たほど、ヨーロッパのこのあたりは去年も異常な暖冬だったわけですが、今年は暖冬どころか冬が来る前に春になるんじゃないだろうか?あるいは5月ぐらいに大寒波が来るのか?8月に雪が降るのか?
今年の夏は一体どうなってしまうのでしょう?
ドイツでゴキブリを見かける日もまもなくだな、こりゃ。

写真http://gusnews.wordpress.com/より。
写真左:澄んだ瞳の世襲公務員
写真右:たたき上げのテレタビーズ
仕事柄、「大量破壊兵器がある」となんでもいいからとりあえずそこら辺から取ってつけたような理由で国民(それも金持ってない人たち)を雇って教育もそこそこに、PTSDだとか皮膚がんだとか名誉の戦死だとかのみやげ物付きでイラクに送り込んで、しまいには「大量破壊兵器なんかありませんでした」と言ってのけたブッシュ大統領と仲間たちは少なくとも、業務上過失致死だよなぁ。しかも大量に。こんだけ殺れば業務上過失致死とはいえ死刑は免れ得まい。
ところが、現実は澄んだ瞳の公務員ではなくではなく、スーパーマリオ独裁者フセインがなぜか死刑となりました。真実は小説より奇なりとはまさにこのこと。
と最近ふと思いました。古い話ですが。
これが普通の労働者なら間違いなく業務上過失致死(こんな業務があればの話だが)、大統領が国と金のためにということでやってしまえば、その後の批判さえうまく、あるいは強引にかわせればお咎めなしだ。腕に自身のある奴らの鋭い批判もトップ・シークレットの連発で回避だ。
20年後に回顧録として懺悔すれば印税も入るぞ。
まったく持っていい世界ですな。
温暖化止めたければ、車の排出ガス規制する前に戦争と軍事訓練、軍事製品の生産やめれば?
そうもいかないか。温暖か止めるためにけしからん国々を爆撃して回らないといけないからね。さて、次はどこの土地を耕して回ろうかな。見せ掛けでも何でも景気回復させないといけないからね。
ちなみにヨーロッパの金融センターのひとつであるフランクフルトがあるドイツのヘッセン州では、手のかかる悪ガキをシベリア送りにするという、かつてのナチスドイツの仇敵、スターリンが諸手を上げて大喜びしそうなニュースが流れてた。ウソのような本当の話。
あけましておめでたくねぇ。
誰だ、一体新年おめでとうなんて発明した奴は。
新年をおめでたく考えたい奴らはどうやら日本以外にもわんさといるらしい。
英語圏でもはっぴーにゅーいやー言うてクラッカーぽんぽんぽん。
ここドイツでもまずゼクトなるシャンパンっぽいやつで乾杯。んで、その場にいる一人一人と抱き合って「新年おめでとう、今年はなんとかかんとか・・・」と日本以上に愛情込めて新年祝っとりますわ。その後はみんなこの日のために買った花火を全部ぶっ放して終了。これについては後で書きます。
また死が近づいたんだぞ。ホッケーの棒理論が正しいとすれば今年はますます温暖化の当たり年だぞ。アメリカの経済支配はますます傾くぞ。EUは懸命にもアメリカから付かず離れずの距離を置いてきたから、アメリカと一緒に沈没せずにすむだろうが、アメリカのワトソン助手状態の日本はご主人先生と一緒に心中だぞ。ロシアや中国に必要な量のゴマは擂ったのか?インフレはますます酷くなるぞ。おれたちますます搾取されるぞ。
その中でせめて新年は楽しく過ごして明日の活力へとしたいわけですな。結構結構。
一年中正月に設定しとけば、世の中はさぞかし平和だろう。
さて、新年の抱負を書いたところで、正月から見えるドイツと日本の社会の違いをひとつふたつ。
新年はこっちでもまことにおめでたい。みんなクソ寒い中、新年イベントに街に出かけたり、家でパーティーやったりと盛りあがっとる。ついでにクリスマスツリーは飾りっぱなしだし、クリスマス用のイルミネーションも点けっぱなし。あ、これは日本でも同じですね。メルケル首相がCO2排出量を50%減らすと言い出そうと、そこはドイツ人。シャワーに入るのをやめても、このエネルギーの無駄遣いだけは最後まで手放したがらないでしょう。
で、0時ともなれば、そこらじゅうから花火がぶっ放される。これは結構感動する。ベルリンとかハンブルクなどの大都市は資本にモノを言わせた大空襲に見舞われたようだが、田舎町とか住宅街じゃ、個人が打ち上げるので、そんなに立派なものはまずない。だけど、そこらじゅうでぼんぼんと花火が上がり空があちこちで明るくなって煙たくなる様子は日本ではお目にかかれない。
この花火に限ったことじゃないけど、ドイツが日本と違うのは、個人個人が楽しむ機会が多いこと。日本でだと、正月に花火となると、どっかのイベントででかいのぼんぼんぶち上げて、それを観衆が「わぁきれい」という流れが主流だろう。ドイツでもそういうイベントはもちろんある。だけど、自分たちでできる身近なイベント、つまりさっき書いた家のすぐ外で花火を打ち上げまくる、という別の主流も存在する。一軒一軒はそんなにすごくないけど、それが何百万とが同じ事をするからかなりの迫力となる。草の根精神が旺盛なんですかな。デモとかもそういう下からの勢いがあるな、そういえば。見せられるだけでなく見せる、それがドイツクオリティ。そういやイルミネーションも日本と違って街中だけじゃなく、各家庭でもきれいに飾ってるね。
なかなか素晴らしい文化だと思うんだけど、疑問はいくらでもある。個人が自由に楽しむ機会が多いくせに、同時にやたらと統制されてる。ほとんどすべての花火が12時から花火が切れるまでに終わる。個人個人で楽しむというコンセプトが混ざっているが、基本的に許された範囲内でしかやらないし、その範囲はそれほど広くない。スペインの正月は知らないが、スペインの祭りの日なんかじゃ、その日は朝からそこかしこで花火が上がる。祭りが最高潮になる夜にはもっと上がる。明け方になってもまだ上がる。翌日にも少し上がる。何かにつけて上がる。爆竹つなげまくって路上に穴を開ける(これは結局禁止になったそうだ。残念)。ここに統制がまったくないとは言わないし、許された範囲外でなんかやりにくいのは一緒だろうが、ドイツの統制の厳しさが透けて見える。
個人が参加するといえば、こっちのテレビ番組。日本と同じでなんか食べてる番組は多いんだけど、食べてるのが芸能人じゃなくて、たとえばミヒャエル・シューマッハーさん(46・靴職人)といったように、一般人というかゲストの一般人であることが多い気がする。ライブ番組では、よく一般人(らしき人)が、インタビューに召還されるし。ま、でもどこまでいっても民主主義なぞインチキだけどね。
それでは、今年もよい年でありますように。
ベルリンの正月
誰だ、一体新年おめでとうなんて発明した奴は。
新年をおめでたく考えたい奴らはどうやら日本以外にもわんさといるらしい。
英語圏でもはっぴーにゅーいやー言うてクラッカーぽんぽんぽん。
ここドイツでもまずゼクトなるシャンパンっぽいやつで乾杯。んで、その場にいる一人一人と抱き合って「新年おめでとう、今年はなんとかかんとか・・・」と日本以上に愛情込めて新年祝っとりますわ。その後はみんなこの日のために買った花火を全部ぶっ放して終了。これについては後で書きます。
また死が近づいたんだぞ。ホッケーの棒理論が正しいとすれば今年はますます温暖化の当たり年だぞ。アメリカの経済支配はますます傾くぞ。EUは懸命にもアメリカから付かず離れずの距離を置いてきたから、アメリカと一緒に沈没せずにすむだろうが、アメリカのワトソン助手状態の日本はご主人先生と一緒に心中だぞ。ロシアや中国に必要な量のゴマは擂ったのか?インフレはますます酷くなるぞ。おれたちますます搾取されるぞ。
その中でせめて新年は楽しく過ごして明日の活力へとしたいわけですな。結構結構。
一年中正月に設定しとけば、世の中はさぞかし平和だろう。
さて、新年の抱負を書いたところで、正月から見えるドイツと日本の社会の違いをひとつふたつ。
新年はこっちでもまことにおめでたい。みんなクソ寒い中、新年イベントに街に出かけたり、家でパーティーやったりと盛りあがっとる。ついでにクリスマスツリーは飾りっぱなしだし、クリスマス用のイルミネーションも点けっぱなし。あ、これは日本でも同じですね。メルケル首相がCO2排出量を50%減らすと言い出そうと、そこはドイツ人。シャワーに入るのをやめても、このエネルギーの無駄遣いだけは最後まで手放したがらないでしょう。
で、0時ともなれば、そこらじゅうから花火がぶっ放される。これは結構感動する。ベルリンとかハンブルクなどの大都市は資本にモノを言わせた大空襲に見舞われたようだが、田舎町とか住宅街じゃ、個人が打ち上げるので、そんなに立派なものはまずない。だけど、そこらじゅうでぼんぼんと花火が上がり空があちこちで明るくなって煙たくなる様子は日本ではお目にかかれない。
この花火に限ったことじゃないけど、ドイツが日本と違うのは、個人個人が楽しむ機会が多いこと。日本でだと、正月に花火となると、どっかのイベントででかいのぼんぼんぶち上げて、それを観衆が「わぁきれい」という流れが主流だろう。ドイツでもそういうイベントはもちろんある。だけど、自分たちでできる身近なイベント、つまりさっき書いた家のすぐ外で花火を打ち上げまくる、という別の主流も存在する。一軒一軒はそんなにすごくないけど、それが何百万とが同じ事をするからかなりの迫力となる。草の根精神が旺盛なんですかな。デモとかもそういう下からの勢いがあるな、そういえば。見せられるだけでなく見せる、それがドイツクオリティ。そういやイルミネーションも日本と違って街中だけじゃなく、各家庭でもきれいに飾ってるね。
なかなか素晴らしい文化だと思うんだけど、疑問はいくらでもある。個人が自由に楽しむ機会が多いくせに、同時にやたらと統制されてる。ほとんどすべての花火が12時から花火が切れるまでに終わる。個人個人で楽しむというコンセプトが混ざっているが、基本的に許された範囲内でしかやらないし、その範囲はそれほど広くない。スペインの正月は知らないが、スペインの祭りの日なんかじゃ、その日は朝からそこかしこで花火が上がる。祭りが最高潮になる夜にはもっと上がる。明け方になってもまだ上がる。翌日にも少し上がる。何かにつけて上がる。爆竹つなげまくって路上に穴を開ける(これは結局禁止になったそうだ。残念)。ここに統制がまったくないとは言わないし、許された範囲外でなんかやりにくいのは一緒だろうが、ドイツの統制の厳しさが透けて見える。
個人が参加するといえば、こっちのテレビ番組。日本と同じでなんか食べてる番組は多いんだけど、食べてるのが芸能人じゃなくて、たとえばミヒャエル・シューマッハーさん(46・靴職人)といったように、一般人というかゲストの一般人であることが多い気がする。ライブ番組では、よく一般人(らしき人)が、インタビューに召還されるし。ま、でもどこまでいっても民主主義なぞインチキだけどね。
それでは、今年もよい年でありますように。
ベルリンの正月

